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松山地方裁判所 昭和39年(ワ)57号 判決

原告 豊田明美

被告 三光商事有限会社

主文

原告と被告との間において、別紙目録〈省略〉記載の電話加入権が原告に属することを確認する。

被告は原告に対し右電話加入権名義を原告名義に変更申請手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項ないし第三項と同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、昭和三八年九月二一日訴外渡部忠夫から金一〇万円を借受けるに際し、同人に対し当時原告名義であつた別紙目録記載の電話加入権の譲渡承認書を交付した。しかるに、同人は、右証書を使用して昭和三九年一月二八日右電話加入権を被告名義に変更し、被告は同日、設置場所の変更手続を了した。

二、しかしながら、原告が訴外渡部から金員を借用する際、交付した電話加入権の譲渡の承認は、電話加入権質に関する臨時特例法第四条により無効であるから、被告が訴外渡部から右電話加入権の譲渡をうけることはできないものである。

よつて、右電話加入権が原告に帰属することの確認および被告に対し右電話加入権を原告名義に変更申請手続することを求めるため本訴に及んだものである。

以上のように述べ、被告の主張に対し、次のように答えた。

一、被告主張の一の(一)ないし(三)の事実は認める。

二、しかしながら、被告主張の二の主張は失当である。すなわち、電話加入権質に関する臨時特例法第四条は、商法第五一五条の規定を電話加入権質には適用しないものと定め、流質契約を全面的に禁止している。従来電気通信法第二八条第一項違反を避けるため、電話担保で消費貸借契約を締結する際、貸主は直ちに名義変更をせず、「電話加入権譲渡承認請求書」を借主から徴して、将来必要に応じ、これを利用して名義書換が行われていた。しかし、この方法は、当事者の地位が不安定であり、ことに債務者の利益が不当に損われる弊害を伴つた。すなわち、電話加入権を目的とする譲渡担保は、不当に低い評価と暴利と任意売却の危険とに曝され、さらに会社による契約解除の危険が潜在していた。電話加入権質に関する臨時特例法は、このような弊害を除去するため制定されたものであつて、同法が流質契約を禁止したのは、経済的弱者である電話加入権の担保提供者たる債務者を保護するためである。しかして、同法は流質契約を禁止した反面、電話加入権を目的とする質権制定を新たに設け、質権者の資格を制限するとともに、その実行手続の簡易化をはかつたのである。

しかるに、渡部忠夫は、組合に対し借入金を弁済して電話加入権質の登録を抹消し、かねて原告が交付していた電話加入権譲渡承認書を利用して原告名義の本件電話加入権を被告に譲渡して名義変更を行つたもので、これは、まさに実質的な流質契約に基づく質権の実行であるから、右の譲渡行為は無効である。

立証〈省略〉

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁および抗弁として、次のとおり述べた。

一、被告が原告主張の電話加入権を自己名義としたのは、次のような経緯によるものである。すなわち、

(一)  原告は渡部忠夫に対し昭和三八年一〇月一〇日原告の夫豊田春義を代理人として金一〇万円の金員借用を申込み、その担保として原告主張の電話加入権を提供することを約した。

しかしながら、電話加入権の担保については、電話加入権質に関する臨時特例法第二条により質権者となる者の資格が制限されているので、渡部は同月一二日原告の代理人春義を伴い、右渡部が組合員として加入している愛媛県金融業者協同組合へ赴き、同組合から渡部を借主、担保提供者を原告、弁済期を昭和三九年一月八日と定めて金一〇万円を借受けた。しかして、この際原告の代理人春義は、本件電話加入権上に同組合の質権を設定することおよび本件電話加入権を渡部に譲渡し原告が期限に元利金を支払わないときは電話加入権買戻の権利を失い他に譲渡されても異議のないことを承諾し、その旨の証書を同組合に交付した。よつて、同組合は本件電話加入権上に質権設定の登録手続を了した。

(二)  ところで、渡部は、同組合から借受けた金一〇万円を原告に交付するに当り、原告の代理人春義との間に原告が同組合に対して借入金を弁済せず、そのため渡部が原告に代つて、組合に借入金を弁済したときは、渡部は原告が組合に交付した本件買戻権付電話加入権譲渡承諾書の引渡をうけ、その用法に従つて使用処分しうることを約した。

(三)  しかるに、原告は組合に対してはもとより右渡部に対しても、期限までに借入金の弁済をしなかつたので、渡部はやむなく昭和三九年一月二七日同組合に対し借入金を弁済して、前記証書の交付をうけ、前記質権設定の登録の抹消手続を経由したうえ、本件電話加入権を被告に譲渡し、その名義変更手続をなしたものである。

二、以上のように、そもそも、本件電話加入権を被告が取得したのは、原告が組合に対し借入金の弁済をなさないため、渡部が実質上の借主である原告に代位して借入金を組合に弁済し、その結果、代位弁済者として渡部が組合の有していた質権を承継するとともに、原告と渡部との特約にもとづき同組合に交付していた前記買戻特約付電話加入権譲渡証書の交付をうけ、これに基づき質権の登録を抹消したうえ、被告に対し本件電話加入権を譲渡したものであるから、譲渡担保が脱法行為でない限り右譲渡は有効である。

立証〈省略〉

理由

被告が原告主張の本件電話加入権の取得原因として主張する一の(一)ないし(三)の事実は、当事者間に争いがない。しかして、右の事実関係は一見錯雑にみえるが、その実質は、要するに、原告が渡部忠夫に対し電話加入権を担保として、金員借用方を申入れ、渡部はこれを承諾して電話加入権質に関する臨時特例法(以下単に「特例法」と略称する。)第二条所定の電話加入権の質権取得権者である愛媛県金融協同組合に対し、自己が借主となつて、同組合から金一〇万円を借受け、渡部が組合に対して負担する借入金返還債務につき、原告をして電話加入権の質入をなさしめ、別に原告から「買戻特約付電話加入権譲渡契約書」を徴してこれを組合に交付し、間接的に電話加入権を担保に利用して、渡部が原告に対し金融を行つたものということができる。

ところで、原告は、右の電話加入権譲渡契約は特例法第四条の規定に照らして無効であると主張し、被告はこれを争うので、この点について判断する。

さて、特例法第四条は、民法第三四八条および商法第五一五条の規定は電話加入権を目的とする質権には適用しないものとして、流質契約(すなわち質権設定契約又は債務の弁済前の契約をもつて、質権者に弁済として質物の所有権を取得させ、その他法律に定める方法によらないで質物を処分させることを約すること)を全面的に禁止している。これは、特例法制定以前においては、電話加入権を目的とする合理的な質権制度が存在せず、これがため電話加入権を目的とする譲渡担保契約が広く利用されていたところ、その運用の実績に照らすと、電話加入権が不当に低く評価され、また、一部悪徳金融業者の暴利や期限前売却という弊害がみられたほか、譲渡担保を理由として日本電信電話公社が電話加入契約の解除をなしうるという制度上の欠陥もあつたので、この際、従来の譲渡担保形式による不合理な金融方式を改め、簡易な質権登録方式およびその実行方法を新設するとともに、流質契約を全面的に禁止し、もつて電話加入権者がその加入権を担保として金融をうけるに当り、著るしく不利な立場におかれないよう配慮したためである。

このような特例法制定の趣旨に鑑みれば、特例法第四条が、通常、流質契約と区別して観念されている譲渡担保を直接禁ずる規定を設けなかつたからといつて、同法所定の電話加入権質以外の譲渡担保等による担保方式を許容する趣旨と解することはできない。もし、このように解しなければ、特例法が電話加入権質という制度を新設した趣旨の大半は没却されることになるであろう。もつとも、当裁判所の判断に対しては、特例法施行後も、巷間において広く譲渡担保(あるいは電話加入権質と譲渡担保との選択的併用方式)による電話加入権の担保方法が行われているのに、いまこれを無効と断ずることは商慣習を無視し取引の安全を害するとの反対の見解も考えられるであろう。しかし、特例法第四条は電話加入者保護の強行規定であるから、これに反する慣習を認める余地がないばかりでなく、特例法はさきに説示したとおり電話加入権に関する質権実行手続の簡易化をはかつているのであるから、金融業者としては、すべからく特例法制定の趣旨に則つて電話加入権質の利用こそ考えるべきであるというべく、従つて、右のような見解に左袒することはできない。

ところで、本件についてみるに、被告の主張事実によれば、渡部は原告との間に、本件電話加入権に関し、買戻特約付譲渡契約を結んだというのであるが、その実質において、右契約は原告が渡部から金員を借用するに当り約定した譲渡担保契約であることは、前記摘示の事実関係に照らして明らかであるから、結局、右契約は、特例法第四条の趣旨に照らして無効といわなければならない。従つて、また、渡部が被告に対してなした本件電話加入権の譲渡も無効であることに帰着する。

以上のような次第であるから、原告が被告に対し本件電話加入権が原告に帰属することの確認およびこれを被告から原告名義に変更申請手続を求める本訴請求は、正当というべきであるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 糟谷忠男)

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